私が北京に来て最初の仕事は、ナニナニの立ち会いという暇な仕事で、待ち時間がたっぷりあったので、ただアルバイトの通訳の人達とだべっていればよかった。通訳というのは全員、20才ぐらいの女子学生です。 その中の一人の話。中国語で李白を諳んじているだけでなく、同じ詩の日本語の読み下し(意訳ではなく)をソラで言える。「国破れて山河在り、城春にして草木深し」というあれです。 他には、私は冒頭を忘れたのだけれど「にわか雨が降って街道の埃が静まった」という意味の詩がありますよね。この詩を思いだそうとしていたとき、三行目の「君に勧むさらに尽くせ一杯の酒」を、その人がふざけて「あなた、もう一杯お酒を飲みなさいよ」と訳したんです。聡明を絵に描いたような人だったな。 こんな事もあった。私のすぐ上の責任者が現場にあらわれて、施主さん側の日本人と話していたとき、すぐ後ろでだべっていた私が小声で彼女に「ボスだ。ボス。」と言うと、彼女「敬語を使わないといけませんね。」 彼女達は学生アルバイトで、語学を専一に勉強してきた人たちですから、今回の仕事のために専門用語を覚えるのが毎日大変だったようです。 もう一人の印象に残った通訳さんの話。 ある宴会の席(ここにはアルバイトの通訳さんは居ない)で、私の前に座った現場の責任者(おどけ者だ)が、「あの通訳さんは何で採用されたのかなぁ、あの赤毛の子、不思議だなぁ。」と言っていました。全然通訳になっていない、と言うのですが、他の人が答えて言うには『彼女は専門用語を知らないから「トランスからモーターにケーブルで接続します」という日本語を「これがここに来ます」と中国語に訳すんです』とのこと。 あとで私も話題の主と知り合う事になったのですが、赤毛のちょっとイカれた感じのお嬢さんで、実に楽しい人物でありました。西武の松阪に似てるね。 「専門用語を知らない」などと言われながらも、彼女も用語を覚える努力を怠りません。ある日、ナントカ釜という生産設備の前で、私に「釜は日本語でなんと読みますか?」(礼儀正しい)と聞くので「カマ」と答えると、「え? カマ? カマ?」と異常に喜ぶんです。言いたいことは分かります。 こんな事もありました。日本人のメーカー担当者が、彼女の通訳で、施主の若い中国人社員さんたちに機械の説明をしていたとき、施主側から質問が出た。通訳の彼女がちょっと考えて答える。施主側がまた質問。彼女が答える。その後、双方沈黙。日本人「解決したの?」 彼女「解決しました。」 日本人「通訳しろよ!」 で全員が吹き出した。彼女の仕事は質問に答える事じゃなくて、通訳することなんですね。 彼女が、語学に関してとびきり優秀なのは間違いない。でも、彼女の周りでは、毎日おかしな事が起きるんです。彼女の口癖は「はいはいはい」。必ず「はいはいはい」と言うんだ。 他の時、何かの待ち時間で、不意に私に中国語で話しかけてきた。話しながら自分で気づいたらしく、自分で吹き出していました。2ヶ国語を話していると、たまにこういう混乱をきたすらしいですね。モミジの童さんも、中関村のパソコン屋に入って「スミマセン、スミマセン」と叫んでいるのを、見たことがあります。 |